学術研究は,過去の積み重ねを調べ,ポイントの絞り込みを進めていくもので,文献の調査とそのふさわしい引用が必要です。しかし,インターネットの発達で情報量がありあまるほど膨れ上がった今日でさえ,結び付きの全体像はあいまいでした。もちろん,検索エンジンの分野でGoogle Scholar やWebcat Plus(旧 Nacsis Webcat) といったツールは出現したものの,研究関係者個々人のレベルで使いやすく管理できる仕組みは整っていませんでした。
近年,その「文献管理ツール」として登場したのがMendeley です。4月15日,英のラジオ局・BBCに現在のCEO・Victor Henning が出演していました 。放送の立ち上がり15分ほどですが,要点をサッと日本語で。
2008年に(たしか)英ケンブリッジの大学発ベンチャーとして始まったMendeley は,学術論文の情報に識別子を付けて整理し(annotating),知識の見つけやすさ(discoverability)を高めるために開発されました。無料で使える標準プランと,保存容量が大きく多機能な有料プランの段階的選択が可能です。
インタビュアーから発せられた二三の疑問。
1. 公開される情報の質は担保されるのか?
Mendeley は質を保ちつつも,情報の即時性を重んじるようです。これには次のような経緯があります。
特に1990年代以降,雑誌の購読料が高騰したため,図書館の予算を圧迫する動向が問題視されました(シリアルズ・クライシス)。PLoS (Public Library of Science) などを筆頭に,学術情報の費用を購読者(読者)に負担させるのではなく,著者から投稿料(Article Processing Charges)などの形で徴収し,「無料で読めるようにしよう」というオープン・アクセス(Open Access: OA)の潮流が生まれました。
また従来型の査読システムが公刊の遅滞をもたらしている事実も踏まえ,OA学術雑誌はしばしば,後追いで評価する(post peer review)仕組み等を併用しています。
以上の工夫によって,こうした潮流をくむ出版物は,多くのコンテンツの公刊が容易になりました。(その増え具合が一目でわかる対数チャートが,このブログにあります。)
2. Mendeleyがもたらした最大の変化は何なのか?
一般的な特徴はHenning 自身の発言から以下のようにまとめられます。端的に言えば「象牙の塔」の外にいる人々が科学コミュニケーション・科学を巡る対話に参入する機会を創出しました。その意味で学術情報へのアクセシビリティの向上に貢献したといえます。
ただし情報の中身そのものがきちんと伝わる形になっているか?という疑問は残ります。何事も細分化の激しい今日,「隣は何をする人ぞ」がサッパリ分からないのはアカデミアの世界も同じです。学術論文を直観的に理解するリテラシーや,生の情報を効果的に伝えるコミュニケータの重要性も依然,高いと思われます。
3. どうやって組織の財政を維持するのか?
インタビューの少し前にElsevierによる買収(身売り)が報じられ,Elsevier社もその決断を歓迎しています。シリアルズ・クライシスを招いた張本人の傘下に入るかに見える戦略は,あざとくも映ります。しかし,結果として学術市場の持続性と公正さを保つことに帰結するのかもしれません。
学術論文の指標(の不公正さ)をめぐって,よく「インパクト・ファクター」が槍玉に挙がりますが,今の情勢はそれを一枚岩的に糾弾するだけでは評価にならない高度化の様相を呈しています。一方ではその人文学への影響も検討され,他方では知のつながりを視覚化した意味で,ソーシャル・デザインとしても可能性を秘めています。中期的には,既存の出版社・図書館にとっても小さくない影響力を持つでしょう。