世界にはアジア地域研究に関する枢要な国際的ネットワークがいくつか存在します。米国アジア学会(The Association for Asian Studies)はもちろん,ICAS(International Convention of Asian Scholars)もその一つです。6月23~27日,澳門(Macau)での 第8回大会 では,200を超える中で学術出版専門のセッションが設けられました。私自身は参加できませんでしたが,現職の提携先が総出で登壇し,web上に当日の議事録もありました。登壇者は以下の多彩な顔ぶれ。
- Paul H. Kratoska (元・シンガポール国立大学出版局,英国王立アカデミーマレーシア支部理事)
- Michael Duckworth(ハワイ大学出版部(2013年6月まで香港大學出版社))
- Robert L. Chard(オックスフォード大学講師,東京大学客員教授)
- Charles Fosselman(スタンフォード大学東アジア図書館)
ここで簡単にご紹介を。
オープン・アクセス(Open Access)とは「全ての学術コンテンツを読者に開放する動き」です。特に1990年代以降,雑誌の購読料が高騰したため,図書館の予算を圧迫する動向が問題視されました(シリアルズ・クライシス)。PLoS (Public Library of Science) などを筆頭に,学術情報の費用を購読者(読者)に負担させるのではなく,著者から投稿料(Article Processing Charges)などの形で徴収し,「無料で読めるようにしよう」というオープン・アクセス(Open Access: OA)の潮流が生まれました(細かくは一部無料+段階的負担(グリーン)と完全無料(ゴールド)の二つがあります)。
くわえて,従来型の査読システムが公刊の遅滞をもたらしている事実,公的な資金助成を受けた学術知識は広く社会に還元すべき,とする政府(特に英米)の動きがあります。費用負担の関係を改める工夫によって,こうした潮流をくむ出版物は,多くのコンテンツを適時に公刊することが容易になりました。
しかし,アジアはNIEsや旧ソ連領・中国など成長著しい国を含みながらも,世界有数の貧困国を含む地域です。OAの潮流が,アジア研究者にどのような便益をもたらすのか。当日の論点をまとめたのが以下の表です。読者にとっては良いことづくめに見えますが,殊研究する個人読者にとっての「全てを読めるが,何も発信(公刊)できない」リスクは特筆すべきでしょう(赤字強調部分)。また③制作者(学協会),④既存の商業出版社,には既存のビジネス・モデルを崩す脅威と言えそうです。
International Journal of Asian Studies (IJAS: 出版者ページ,発行者ページ) の事例を報告したのがRobert Chard 氏です。同誌の共同編集委員を務め,イギリスと日本で教鞭をとる氏によると,2012年時点での雑誌延べダウンロード数は2,079を数え,Cambridge University Press の持つ広範な読者層(readership)に支えられています。
上に私見として付しましたが,この厚い読者層と流通チャネルがオープン・ノレッジの鍵となるように思います。「社会への還元」とは言え,学術情報がインターネット空間に漫然と落ちているだけでは広がりにならない。以前ご紹介したMendeleyのように(1)ツールを介して見つけやすさ(discoverability, searchability)を向上させる,(2)出版社のブランディングによって認知度を向上させる,などの工夫が必要になると思われます。
◎参考:アジアから学術成果を発信する(Kratoska氏来日公演抄録: 『大学出版』92号)
http://www.ajup-net.com/wp/wp-content/uploads/2010/01/daigakushuppan_92.pdf