2月の週末,都心は歴史的豪雪に見舞われましたが,年度末を迎える大学は受験のみならず各種の国費助成プロジェクトが成果を結び,開催されています。東京タワーも霞む荒天の三田での公開報告会から。
従来,研究図書館の外来利用は制限が厳しく,学術論文や研究を通じて得られたデータの大半は大学人のみがアクセスできるようになっていました。しかし今日,学術情報はデジタル化によって共有が容易になったため,多方面でオープン化の要請が挙がっています。研究組織等への所属に関わりなく無償で閲覧できることが望ましいとする声があがっています。理由は様々で,最も強いものでは〈公的な助成を受けた研究は広く社会に還元されるべき〉,最も緩やかなものでは〈専門家でない人々だって,ひとかどの専門知識を得たい〉…等々。こうした潮流は,科学知識と社会の関わり,研究者と一般の人々との対話(学術コミュニケーション)を変えうるのでしょうか。
学術出版の観点から特に有益な報告は三つ。
上田修一 氏「なぜエルゼビアはボイコットを受けるのか」:E社が設定する高額な雑誌購読料は,研究者たちの反発を招き,法案の制定や契約離脱を含んだ世界規模のボイコット運動に発展しました。オープンアクセスはE社の「購読モデルによる価格支配」に対抗する潮流ですが,オープンアクセス雑誌のマーケットが再び寡占状態に陥れば「投稿料(APC)モデルによる新たな価格支配」が起きる可能性がある,との指摘はもっともで,この点に注意しなければならないでしょう。ただし「なぜ」に関して本報告が言及したのはE社の戦略面(株主利益志向型)にとどまり,その他の理由はむしろ次の加藤報告で間接的に述べられていたため,題目を「エルゼビアボイコット運動とは何か」と設定すべきだったように感じます。併せて報告の順序を変えていただいたほうが聴衆に伝わりやすかったのかもしれません。
加藤信哉 氏「電子ジャーナルのビッグディールの功罪」:1990年代から学術雑誌(ジャーナル)の電子化が始まると,雑誌出版社は複数の関連ジャーナルをパッケージ化して販売を行うようになります。パッケージ販売が「ビッグディール」と呼ばれるそうです。電子化は図書館の書庫圧を抑えたものの,設定される購読料が極めて高騰したため,研究図書館の財政を圧迫して問題となりました。この報告は,図書館の立場からその動静をつぶさに追ったものです。
林 和弘 氏「Nature, Science 信仰は存在するのか」:研究者が自身の成果をどのジャーナルに投稿するかは重要な選択であり,自然科学系を中心とする研究者はいわゆるトップジャーナルへの掲載を目指すと言われる。また,その象徴としてNature, Science 誌が挙がることが多い。何がこうしたブランドを形成する要因なのか?編集者経験もある講師の報告は具体的で,「ブランドは研究者たち自身が形成している」という結論も明快でした。一部のデータが目下解析中であるのは残念でした。
報告会全体は学術情報流通全般のトレンドを知るうえで貴重と感じた反面,素朴な疑問を二つもちました。
一つは,〈研究者〉の群が自然科学系(理工・医薬系)に限定されており,流通する学術情報の多様性を考慮に入れていない。一般の人々からでなく大学人からも別の理由からオープン化要請が上がっている点を掘り下げるべきではなかったでしょうか。特に人文社会系の任期付き若手研究者や非常勤研究員は資料へのアクセス権が弱く,研究環境の整備という観点で資料のオープン化を求める声が強まっています(記事はこちら)。
いま一つは,社会的ニーズの事例を更に包括する必要がある。もちろん東日本大震災をはじめとした自然災害に対する人々の反応それ自体は重要な研究対象であり,今後起こりうる事態に備えて情報整備の施策を講ずるうえでは軽視できません。ですが災害はcritical case studies とも言うべきもので,〈科学と社会〉という大きな括りで捉えたとき,一般の人々が正確な科学的知見を求めるニーズは日常レベルでも多様です。災害に限らず,食農問題(フェアトレード・食品偽装)や医療問題(誤診・セカンドオピニオン・末期医療)など,ほぼ科学の全てと言える領域で高まっています。これらを包括することで研究テーマに拡がりが出るのではないかと感じました。
◎日本学術振興会・研究課題公式ウェブサイト
http://kaken.nii.ac.jp/d/p/23300089.ja.html
◎オープンアクセス・ジャパン 公式ウェブサイト