ひときわ坂の多い都心の西側で,講演会に参加しました。
- 2014年6月9日(月曜)19時~ 於・東京ドイツ文化センター
- 演題: デジタル生活圏における知―図書館の役割
- 講師:クラウス・サイノーヴァ バイエルン州立図書館副館長
講演名の〈生活圏〉とはドイツの社会学者,ユルゲン・ハーバーマスを念頭に置いたタイトルでしょう。単なる図書館の事例紹介を越え,ある種の社会哲学的考察が含まれた講演だと推察されます。構成は①図書館の沿革,②デジタルメディアの紹介,③「保存する」「読む」「調べる」など諸行為の再考と図書館の役割,から成るものでした。
①について,詳細は末尾に示した図書館ホームページを参照ください。
②については,所蔵する歴史的資料をデジタル版アプリを紹介。その名も「Ludwig II」と「Bayern in Historisch Karten」(名前をクリックすると配信頁にリンク)。
Ludwig II はノイシュヴァンシュタイン城主ルートヴィヒ2世ゆかりの地を現代のデジタル地図上にプロットし,各地に対応する土地情報を載せています。
Bayern in Historisch Karten(歴史地図に描かれたバイエルン)は,同様の仕組みをバイエルン州(Bavaria)に展開したものです。
プロモーションビデオを観ると現地を訪れたくなりますが,地図だけでも(現地を訪れなくても)充分楽しめます。ゲーム的要素(gamification)を取り入れ,当時にタイムスリップしたかのような疑似体験ができます。従来型の,文字を「読む」スタイルとは異なり,歴史的資料を体感的に「読む」営みです。
そういえば日本でも,似たような古地図アプリがありました。むかし勤め先の上司がiPadを嬉々として開きながら筆者に紹介してくれたのを思い出します。ただしよく調べると,販売主体はApple 社でした〔一覧〕。もちろん個別の技術協力は大いにあるものと思いますが,何よりも新興の巨大企業体でなく,長い歴史をもつー図書館が主体となって提供したことは大きな意義をもつように思います。
「保存する」デジタルメディアの登場で書庫の省スペース化が実現するかと思いきや,冊子体は容易に廃止できないとのこと。特に学究的関心から,原典版である冊子体への注目が逆に高まったからだそうです。
アプリの紹介を受け,ソーシャルメディアを例に「読む」行為にも言及がありました。今日「読む」とは,より非文字的に(あるいは脱文字的に)なっています。筆者がfacebook等を試した経験からしても,クドクド文字を並べた投稿よりは,視覚的・瞬間的・感覚的な投稿に注目が集まる傾向にあるようです。ただし,時として,むしろ文字情報よりも,階層・生活水準・消費性向など投稿者の社会経済的文脈を雄弁に示します。ここでも文字に昇華させ,行間を想像力で補うというよりは,総合的な体感が優位しています。
〈調べる〉営みについては,講演を締めくくった館長の言葉が象徴的です。
図書館は情報の探索機能の面でGoogleなど検索エンジンと比較されるが,規模でいえば既にそれらの登場時点(1997年)で遥かに及ばなかった。我々図書館が果たしうるのは,いわゆる deep webと呼ばれる複雑高度な探索機能の提供である。
資料そのものは変わるわけではありません。時代の変化に応じて,資料を提供する形を刷新してゆくのです。
翌日には国立国会図書館(NDL)との共催で日独比較のシンポジウムも開かれたようです(リンク,筆者は不参加)。本日の講演はその一端にすぎませんが,新しい図書館の役割を再考するに充分な内容でした。
◎バイエルン州立図書館ホームページ