2020年,世界中が新興感染症・COVID19の蔓延するパンデミックに陥ったいま,美馬達哉さんの一連のお仕事に改めて注目しています。筆者も,当時担当していた季刊誌でコロナ禍に対応した緊急企画を打つなかで美馬さんにご寄稿を頂き,知の実践的意義を考える機会となりました。
中でもリスクという視座から現代医学の変容を眺め渡した『リスク化される身体』では,感染症による病死ではなく社会の混乱がもたらす排除や死までもが示唆されています。
リスクに打ちのめされた人びとは,もはやセーフティネット(安全網)による包摂の対象ではなく,予防の自己責任を果たさなかったという責めを負わされて排除の標的となる。(104頁)
筆者も学生時代,「人々を生かす権力としての福祉国家」のあり様について,スウェーデンの経済学者 G.ミュルダール(特に『経済学説と政治的要素』)とフランスの哲学者 M.フーコーを手掛かりに不肖ながら考えたことがありました。美馬(2012)第3章ではこの視点が推し進められて,規律の内面化や「安心」とは関係なく個人をコントロールするテクノロジーの出現を指摘します。
総力戦体制の延長線上にある福祉国家を支えていた「安全性」のシステムは20世紀後半には砕け散り,その一方で「確実性」としてのリスクを計算可能にするテクノロジーとリスクを予防する「安全保障」の装置が世界を覆い尽くしつつある。(143頁)
この直前で美馬さんの言及する福祉国家像が「warfare から welfareへ向かう」戦時~戦後期日本に限定されていることは,留意が必要かもしれません。しかし総じて「リスクの医学」の誕生を示唆するくだりこそ,本書の白眉です。
コロナ禍に覆われた2020年に刊行された近著は『感染症社会』(人文書院)。感染の拡大と相まって,インフォデミックといわれる情報の混乱も進んでおり,現象を正確に伝えるのみならず,的確な認識をたすける論考に期待が高まります。時世柄,COVID-19に絞った話題となってはいるようですが,その識見は長年の研究のうえに積み重ねられたもの。読み直すほど,その先見性に脱帽します。
◎美馬達哉著『リスク化される身体——現代医学と統治のテクノロジー』(青土社,2012年)
四六判・上製,ISBN978-4-7917-6667-3,本体2,400円+税