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哲学への視座 (2) 『「人間以後」の哲学』を読む

2020年も残り10日余りとなり,大半の人の脳裏に浮かぶのは,野生動物との接触から人類に広まったとの説も有力な新型コロナウイルスでしょう。私たちの生活様式を大きく一変させた新型コロナ禍は,私たち人類に「自然とのかかわりをどう捉えるか」そして「日々生きる世界をどう捉えるか」にまで再考を迫ったといえます。

著者の篠原さんは「飛翔作」とも呼ばれた『人新世の哲学』でデビューした哲学者で,京都大学で博士号(人間・環境学)を取得され,『現代思想』(青土社)などの論壇誌に度々寄稿されています。「人新世(anthropocene)」とは2000年に提唱された地質時代の区分で,「人類の著しい発展の末、地球規模の環境変化がもたらされる時代」とされます(版元の本書内容紹介より)。基礎に据えている概念はドイツの政治哲学者ハンナ・アーレントが公私にわたり交わったハイデガーの影響のもと提起した「世界[性](world [worldliness])」(以下,単に世界と表記)です。篠原さんは「世界」概念が明らかにしたこと,および明らかにできないこと(限界)を示しながら,以下のように指摘します。

私たちは,自分が生きているところを,従来の世界への感覚にそぐわないというだけでなく,思考から切り離されたものとして感じるようになっている。…これに対して,私は存在の不安が現実の環境の変化に促されていると主張したい。オンラインの世界の外に広がる「地面についた世界」のほうもじつは変化しつつあり,その変化ゆえに存在の不安が高まっているのではないか。二酸化炭素排出,宅地造成,海の埋め立て,ダム建設,都市開発は,地球に対して人間が刻みつけてきた痕跡の蓄積といえるが,その過程で,温暖化,海洋汚染,土砂崩れ,豪雨後の家屋浸水といった事態が発生している。人間生活の条件における,根本的な変化である。

〔『「人間以後」の哲学』p.100〕

著者の篠原さんは現在起きている変化を殊更に煽らず,唯物史観(マルクス主義)の潮流に位置づけます。その眼差しは,世界の基底(マルクス主義でいう下部構造の更に下部)アーレントの時代に科学に見た可能性(アルキメデスの点の発見)と限界を見据えています。『人間の条件』執筆当時はアメリカ合衆国の有人月旅行計画「アポロ計画」が発足したころで,未だ科学の力が世界の基底に変化を及ぼし得るとまでは認識されていなかったのかもしれません。

対して現代哲学では,実存と事物に関わる多様な概念が示され,同時代の哲学者の省察をつないできました。ガブリエルの「意味の場」〔本書p.67〕,メイヤスーの「思考の外部」〔本書pp.81-82〕,モートンの「ハイパーオブジェクト」〔本書p.108〕,ハーマンの「OOO(=オブジェクト指向存在論)」〔本書pp.125-126〕,柄谷の「外的で客観的な世界」〔本書p.156〕…等々と,思考の糸は連なっていきます。

Photo by Philippe Donn on Pexels.com

これらの「糸」の連なりが,目次からも明らかなように,本書を「新しい実在論(思弁的実在論)」のすぐれたレビュー,ないしそれを「人間以後(ポスト人新世)」に引き寄せて有機的に理解するうえでの良書たらしめています。それというのも,著者の篠原さんがモートン,モーテン,メイヤスー,ハーマンら「1960年代生まれ」の哲学者と直に対話(電子メールで!)を重ねつつ,そのいずれにも肩入れせず,冷静に見通しているからでしょう。篠原さんはこれらの思潮を縦糸に,西田幾多郎と井筒俊彦を横糸として,洋の東西を超えた「新しい人間の条件」へ迫ることを試みています(西田と井筒への言及が目次から明らかにならないこと,また「日本の1960年代生まれの(あるいはそれより若い)哲学者」も目次で明示的に挙がって来ないのは,やや残念ではあります)。

プロローグ 2019.8.3

第1章 世界の終わり?

第2章 世界形成の原理──ガブリエルとメイヤスー

第3章 人間から解放された世界──ティモシー・モートン

第4章 「人間以後」の哲学──グレアム・ハーマン

第5章 人間の覚醒――柄谷行人

第6章 地下世界へ──フレッド・モーテン

第7章 新しい人間の条件──アーレントからチャクラバルティへ

エピローグ 2020.3.11

〔本書目次〕

また,ポップミュージックを愛聴するさま,現代演劇の稽古立ち合い経験など,さりげなく挿し込まれる文化的例示は著者の鋭いセンスと趣味をチラリと魅せます。一見,人物順に並んだだけの目次構成も,さながら綴れ織りのごとく巧妙に組まれており―—その全てに触れるほどの素養は評者にありませんが―—,多層的な読み方を可能にし,たいへん示唆的です。

篠原雅武著『【講談社選書メチエ 731】「人間以後」の哲学——人新世を生きる』講談社選書メチエ,2020年,本体1,800円(税別),ISBN978-4-06-520781-9。


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