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山梨によい音楽を――ソプラノ歌手・川口聖加さんの挑戦

川口聖加さんは、さるフォルテピアノ奏者を共通の友人として知り合った素晴らしいソプラノ歌手です。ブログ主の僕は気付けば同じ研究会に所属してドイツ歌曲を深めるという、畏れ多い間柄となっております。この度、山梨の朝勉強会グループ《得々三文会》(第41回は夜開催のウェビナー)で講演されると伺い、参加しました。

小林秀雄「落葉松」(ファースト・アルバム《リラの花咲くころ》から。ナーブル音楽企画YouTubeチャンネル)

山梨で10余年にわたる音楽文化の実践

演題は「音楽家としてコロナ禍とその後をどう生きるか」。ご自身の来歴と活動に続き、地元・山梨に根ざした自主企画やオペラ公演の実践を、日本の実情に照らしつつ客観的にお話しされました。

川口さんは新潟とオランダ・ハーグでクラシックの声楽を修め、帰国後は演奏・教育活動と並行し ナーブル音楽企画 というコンサート・マネジメントの個人事業を起ち上げます。「地方によい音楽を!」との想いからご自身の演奏会以外に毎年ご自宅のサロンで自主企画をもたれ、起業から10年余でその回数は90回近くに及ぶとのこと。ステージ・マネジメントを度々経験した立場からコンサートは当日だけでも大変だと思いますが、企画に膨大な時間と手間を要する全体的なマネジメントとしては驚異的なバイタリティだと思います。

また川口さんは、プロ・アマ混成の楽団 ミュージックシアターグループtuttiYを結成し、2017年と2019年の2期、これまた自主企画のオペラ公演を企画し実現させています。東京エレクトロン・韮崎文化ホールを会場として借り、手動のオケピット設営にはボランティアを依頼し、2日間の公演で千人規模の動員という大事業。当日のウェビナーではその苦労をめぐる秘話が披露されました。

tuttiY第1期:オペレッタ「こうもり」フライヤー
tuttiY第2期:「子供と魔法」フライヤー

新潟の実践事例

「地方によい音楽を!」とのコンセプトで僕が連想するのは、川口さんが学生時代を過ごした――そして僕の地元でもある――新潟での様々な実践事例です。以下では僕が参加経験のあるものから二つをご紹介します。

一つは新潟クラシックストリート(関係者の通称「新潟クラスト」)。新潟ジャズストリート(毎年1月と7月に開催、元を辿れば仙台・定禅寺の有名なジャズフェスをモデルにしたとか)のクラシック音楽版として企画され、毎年5月5日に新潟市内の音楽喫茶・ジャズ喫茶・パブリックスペースで1枠30分の公演が幾つでもハシゴできます。当初はラ・フォル・ジュルネ新潟(LFJN)の関連企画として始まりましたが、以後も独立したイベントとして、新型コロナ禍による中断を余儀なくされる2020年まで毎年開催されました。僕も2015年以降、過去5回にわたりソロで出演し、手製のライナーノーツを持参して毎年テーマを変えたプログラムに臨みました。(個人的には、レパートリーの棚卸しと、テーマに沿ったプログラム・ビルディングを実践する訓練の場になったと認識しています。)

新緑の燕喜館が背景にあしらわれた、第6回ポスター

その目的は、地元の喫茶店や音楽施設の活性化にあったと言われます。新潟市は郊外化と駅近の万代地区の再開発が進み、昔ながらの個人商店と百貨店が並んだ古町は存続の危機にありました。「音楽で街を元気にする」コンセプトは珍しくありませんが、この規模と息の長さは、全国にも類例が多くないと思います。

もう一つは魚沼の小出郷文化会館を会場に1997年から開催されてきたルドルフ・マイスター教授によるピアノ音楽合宿 (amebaownd.com) 。ピアニストのルドルフ・マイスター先生(マンハイム音楽大学学長)を招いて開かれる7日間は、名器ベヒシュタインを使った大ホールでの公開レッスンほか、地元小中学校での演奏や公開講座も開かれ、ピアノ音楽を多面的に学べ、ヨーロッパへの音楽留学生も多数輩出してきました。沿革は『小出郷文化会館物語』(水曜社)に詳しいですが、そもそも合宿の企画開催が会館建設の構想に組み込まれていたそうです。同館は「音楽文化のまちづくり」として文化行政の場で頻繁に参照されています。

山梨と新潟の共通点

山梨と新潟、両方の実践に共通すると僕が感じたのは「人」の力です。文化事業に行政や民間(企業メセナ)の資金が必要となることは勿論ですが、それらが有効に循環する(時にはボランティアのように、おカネが動かなくとも人が動く)には人の縁と意志、そして行動力がものを言います。講演では、川口さんも「人の大切さ」を強調されていましたが、ご自身が先ずその起点・原動力として動かれていたことを、お話から強く実感しました。

パンデミックの危機でも、文化芸術を国が手厚く支援しない日本は、只でさえ、アーティストにとって「苛酷な挑戦」だと言います。巷では「文化芸術は不要不急なのか?」といった議論も飛び交いました。私見ですが、僕は、文化と経済を別建てで考える議論自体が生産的でなく、文化も経済活動の一部であり、どちらが重要・優位ということはなく、社会の中でそれぞれが「持ち場」を務めることが大事…だと捉えています。

ウェビナーという形ではあれ、いまの世情における文化芸術のあり方、そして真の音楽文化を求めて挑戦を続けるアーティストの姿勢を垣間見た一夜でした。

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