2020年初頭から世界を覆ったパンデミックは,学術成果の公開にも影響を及ぼしました。研究者の側では,ロックダウンによる研究自体の遅滞と,査読の長期化,在宅勤務の導入による論文化の困難が生じたと言われます。また書店などリアル小売販売を主体とする書籍出版にとっても,実売の鈍化が業績を悪化させたと言われています。
特に日本では新年度の始まりと緊急事態宣言発出が重なり,実売の大幅な鈍化に拍車が掛かりました。研究の遅滞を受けた論文誌への影響は,Asian Scientist誌がNature の編集長 Magdalena Skipper氏を招いたweb対談でも明らかになりました。このように,学術研究にとっても厳しい試練の年となった2020年,画期的な変革の切っ掛けと言える最大のニュースは以下ではないかと思います。
「f1000Research 社が筑波大学と契約,世界初の多言語OA出版へ」
f1000Researchの概要はカレント・アウェアネスで大まかに読めますが,生物医学分野を中心とした新しいOA出版プラットフォーム(出版「社」ではない)。既にヨーロッパでも覚書を締結し,さる12月18日のSPARC Japanでも大変に注目されました。
インド・ムンバイに本社を置くカクタス・コミュニケーションズ社は一昨年12月,世界の大学が取り組む好事例を紹介する新メディア『Blank:a』を立ち上げていますが、この意欲的な取り組みを日本で最初に導入した筑波大学研究支援室(URA)への取材を通じ,詳細に紹介しています。 人文社会学から仕掛けたムーブメント 現代の学術出版が抱える3つの壁を突破せよ – Blank:a (blankaonline.com)
インタビュー中程で池田潤教授に投げ掛けられた《出版後ピア・レビュー》の問題は、かねてより研究者コミュニティの間で賛否をめぐる議論が続いています(例:ResearchGate)。先のResearchGateでも指摘される,伝統的な査読過程における不透明な操作,いわゆる「ハゲタカジャーナル」の跋扈と粗悪誌の増加,英文による成果公開へのいや増す圧力…。f1000Researchに固有のことではありません。
研究が正しいか否かの検証には、「時間の評価」が必要です。人文社会学系では、極端に言えば10年から100年単位で評価を受け残るものと残らないものがあります。自然科学系も根本的には同じで、常にリトラクション(出版後の論文取り下げ)が起きていますよね。つまり、全ての論文の研究成果は暫定的な仮説に過ぎず、グレーなのです。今正しいと思う理論は、20年後には逆転していることだってある。今のピアレビューの仕組みは現時点ではベストだと思いますし、細心の注意を払って専門家がチェックしたことに一定の評価はすべきですが、「ネイチャーに査読が通っているから普遍的に正しい」と言えないのが研究です。それならば、査読の評価も、修正過程も、コメントも含めて全てを公開するほうがフェアだという考え方もある。どちらがいいというのではなく、選択肢は多いほうがいいと思いませんか?
Blank:a誌インタビューにおける池田教授のコメント
この問題,学術コミュニケーション関係者としては「どの段階でコンテンツの質を担保するか」という点に帰着するのかと思います。その段階と手順をめぐっては依然賛否が分かれ,評価はただ市場に委ねられるものの,昨年の日本導入を契機として,一気に全国展開が進む可能性も秘めています。引き続き注目したいと思います。