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『チャリティの帝国』を読む

金澤周作著『チャリティの帝国――もうひとつのイギリス近現代史』岩波新書,新赤版1880,2021年5月

高齢化社会のいま,政策論議で必ずと言っていいほど話題になる「社会福祉」。今は国家の役割として位置付けられがちなそれが,民間の慈善事業として盛んに興されたのは,大英帝国でした。

現在,京都大学文学部で西洋史を教える著者は,博士論文を基にした前著『チャリティとイギリス近代』(京都大学学術出版会)で,このテーマに画期的なマイルストーンを刻み,西洋史はもとより,幅広い領域から注目と受賞を得ました。後に出た定評ある概説書では,以下のように要約されています。

チャリティは国家を侵食し,干渉したと金澤周作はいう。部分的に代行したといってもよい。民間公共社会が強靭で,また国債償還のため財政赤字が逼迫して「小さな政府」をとなえるほかない自由主義時代のイギリスに,エリザベス期の法的遺産が全面開花した。民間の公益団体と小さな政府は互いに補い合い,イギリス型近代の表裏をなしたのである。

近藤和彦『イギリス史10講』岩波新書,新赤版1464,pp.220-221

本書は前著のこうした積み重ねを受け継ぎつつ,チャリティを大英帝国拡大のコンテクストに置き直し,国内の貧困問題への対応から国際人道支援に至るまで,様々に現れたかたちを詳細に取り上げます。17世紀名誉革命以来,基本的にはほとんど変わらない国のかたちを念頭に置きながら,とくに三つの気持ちを「変数」と措定しつつ講じられています。

  • 困っている人に対して何かしたい。
  • 困っている時に何かをしてもらえたら嬉しい。
  • 自分の事ではなくとも困っている人が助けられている光景には心が和む。

私は,幅広い本書のポイントの中で汎ヨーロッパ的,全世界的と拡がる「帝国のチャリティ」を興味深く読みました。単に現代へつながる身近さというより,「もともとイギリス人が引き起こした問題への対応策という構図」(193頁)をみてとる留保は興味深いです。また,奴隷貿易商人コルストンや武器製造業者アームストロングなど,いわゆる「悪人」が施しに使う資金源(173頁)など,チャリティの暗部ーー慈善よりむしろ「偽善(免罪符)」ではないのか?ーーにも淡々と切り込んでゆく筆致には共感を覚えます。

優越感や誇りに突き動かされた一見相矛盾する行動(140頁など)—―本書のテーマから派生して,現代のビジネス界に目を転じても,グローバル企業が既存の社会経済システムに,ある種の「破壊」をもたらす一方で,その火種である経営者が慈善事業に熱心になる,とは,どういう心的動機が働いているのか。「温情」や「優しさ」の一言ではまとめきれないチャリティの多面性を浮き彫りにする好著です。


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